niaumu

紹介

わお

疲れてるとダラダラTwitterみてYouTubeみて終わってしまうなあ

っていうか疲れてるのとは別にいつのまにかそういうのを見るのが習慣づけられてんだね

可処分時間は正直ぜんぜんある


おなしらせ

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onashium@gmail.com に「おなしらせ希望」とかなんかそういうかんじのメールを送ってください

そろそろたくさんの的を出す予定です そのお知らせがくる予定です

しっこ話

 NRQ見てきました。マジ美しかったぜ。

NRQのかっこいい動画はこちら



茨城県のつくば市に見にいきました。


茨城県のつくば市には以前たのまれてラップをしにいったこともありやしたねえ。

懐かしいでヤンス。
そこでねえ、ESVのみんなといたんでゲス。
そしたら、そこに居合わせた知らない人Aに「あなただけ働いてないでしょう」と言われたんだぴょん。

就業時間は短めとはいえ一応働いてはいたのだから、今思えば否定すればよかった…っていうかなんでそんなこと言われたんだろう?失礼すぎるだろ。
でもね、翌日Aとあったら謝ってくれたよ。酔っぱらって失礼を…ってね。

でも、おれは許さなかった。っていうかその場では謝罪を受け入れたけど、のちのち知り合いに「こういう失礼なことをされた」というエピソードとしてしゃべりまくった。最悪すぎる。喋っている時、おれはAがおれに謝罪したことすら忘れていたのだ。なんと都合のいいことでしょう。

そしたら、今回NRQのライブがあった場所にもその人がいたのさ。まあもう数年前なので向こうはこっちのことを忘れていると思うし、おれも相手の名前を忘れたのでふつうに知らん顔をしていた。
そこで尿意がおれを襲う。バチン!おれは膀胱のうずきに完全にノックアウトされてしまう。「トイレはどこですか」と受付の人に聞くと、その近くにいたAがすかさず「こっちですよ!」と教えてくれた。

おれはAをこの時、はじめて許せたのかもしれない。


なんかインターネットっぽい文章だな。
インターネットっぽい文章だな、と、自己指摘してみること。そうすることで、ちょっと違った立ち位置を、見慣れた風景を微細にズラし、リズムと戯れてみること。ことことスープを、煮込むこと。

ねむ

本いっぱい買っちゃった。
読めるかな?
わかんね~

押井守のパトレイバー2の演出ノートを復刊ドットコムから買った。
あと電脳コイルの企画書。
あとアメリカの反知性主義。
あとハイパーテキスト。

ぜんぜん読んでなし!

いや電脳コイル企画書は読んだ。面白かったデス。
設定からぶわ~っと世界が想像できるこのかんじ、「映像研には手を出すな」はかなりすごいんだなと逆輸入的に思うが、つまりこの企画書もかなりしっかり当時の勢いを感じさせるものになっている。
「コイル」はもともとキャラクターだったわけだが、結果として「電脳コイル」という、肉体と電脳体がズレていく現象を指す言葉になっていった。すごい変化だ。そもそもわれわれの世界のコイルがなんなのかもよくわからない。

電脳コイル見たいな。

はい

 終わることがおおまかに確定しました

突然ですねいつも

さみしいよ、ほんと

さむいなか書いている

 沖縄のことを書きます


2月でも泳げるんだ~海 泳いだ海は楚辺ビーチ ぐしちゃん浜 だにょ

魚もぽよぽよ泳いでおった。当然だが友好的な魚などはいないので冷めた関係だ。ぼーっとしてるのか知らん振りしているのかぎりぎりまで逃げない奴もいるが、とくに親愛の気持ちはないが、なんかいる~というちょっとした愉しみと、だからといってどうもこうもないというのがいいね。一方で水質がたとえば千葉館山の海と比べてすごい綺麗かというとよくわからんな。日によるかな。まあどの海もいいよ。沖縄の海の景観はすごかったな。浜に草原がなびいてたりするし、意味わからん形の岩もある。砲撃によって削れたという話も聞いた。

海に沈む夕日見てて、緑の光線みえね~かな~と思ったが無だった。ていうかやはり水平線近辺は雲があり、そこに太陽が隠れてしまう。「夕日ふたつ」って見たことないいまだに。ただ夕日の残りで空がやけて、その光を海が反射してぼや~っとくらい暖色で浜が照らされて、なんじゃと思って「海がレフ板みたいになってるんだな」といったらみんな「海がレフ板みたいになってるんだな」と繰り返していた。やはりヒップホップミュージックをやっている人間はパクりぐせがついている。

じっさい海がレフ板みたいになってたからね。


泊まった宿は縁側やら外テーブルやらのんびりできる外側が充実しており、すべてに灰皿がおいてあって最強だった。しかし日常的にこうだったらヘビースモーカーになって速攻禁煙外来が目に見えるので逆になくていいかもしれん。いろんないいがあるわな。


ライブについては反省会になってしまうのであまり書きたくないところも多い。こんかいはライブ用にミックスというものをやってみるかとやったらすごいことになってしまって大変であった。しかしそのなかで社交もできたし、豊かなイベントだった。コモンズの黒糖ラテが仰天にうまかった。感謝感謝ですMCウクダダとMC i know。i knowには感動したのでそのことを伝えたらウケてた。


あと向こうであった人に投資の話を聞かれたので、投資で資産を増やすってことは独立した力を持つことでもある一方で資本家になるってことなのでアンビバレンスであるってことをすごく強調したうえでおれの思うベターな選択肢を伝えたら最終的に「オルカン!オルカンね!」っていっぱい人がいるところで大声で確認されてしまって、完全におれが馬脚をあらわした。


あとごはんね。いろいろあるよ...いろいろ食べた。

アイスはいろいろこっちにない銘柄がある。ブルーシールのアイスも160円とかで買えるからモリモリ食べた。ウベとピスタチオの二色バーアイスがよかった。
弁当文化もはずせん。タコライスのとかちゃんぷるとか。しかしすごいヒットはなかったな今回は。タイミングが難しかった。でも深夜2時にさまよって出会ったむんじゅる弁当はふつうにありがたかった。茶色かった。
あとタコスとソーキそばとA&W(もとはルートビア(湿布味の飲み物)スタンドだったらしいハンバーガーショップ。駐車場で食べるサービスがある??)とターム(いも 田芋)
まだまだ気合いで食べれることがわかった。
居酒屋は安い。

壺屋のあたりの異常な坂はおもしろかった。生きてるだろ道が。


向こうは20度以上あって、帰ってきたら雨降ってて2度とかで終わった。

チーン

 人といろいろ話したのだが、前回の記事においておれは国家と市民を完全に密着した主体として扱っていることがわかった。それは半分は必要なことだといまでも思うが、半分は間違っていた。全部密着させて話してたら、そもそもおれが話す必要が無~

この国や世界がこれまでどのような道を歩みこれからどういう選択をしようと、気にいらないことについては拒絶をするべきだ。当たり前すぎて、ワロタ、ワロタ…

でもまあそういう当たり前のことをなんで書けなかったのかを考えてみるか...ポク...ポク...


(前提としておれは社会の出来事に対して共感する力が薄く、そのうしろめたさが文章をあいまいにさせた部分があると思う。このことについてはしかし今回は混乱を避けてかかないことにする。)

多分前回の記事は書き方を間違えた。

おれが前回書いたのは、朝鮮半島が代理戦争によって引き裂かれていくのを横目に日本は朝鮮戦争における特需で儲け経済的発展を遂げたのであって、いまのイスラエルのジェノサイドの下地をつくった軍事的な関係を構築する際に潤ったドイツとまったくおなじだし、おなじだからのんきに批判できないよな、ということ。


のんきに間違えてるね、確かに。張り付けた記事とも真逆の結論になってるし。「のんきに批判できない」のあたりを打ち消してこう付け加えるべきだ。


特需で豊かになったから倫理的判断を放棄するべきではない。われわれは戦争に対して直接的な参加を避けただけで、批判することを怠ってきた。

戦後の復興は尊いものなのかもしれんが、そこに戦争が絡んでたこと批判できなかったら焦土にされたことの肯定になってしまわないか。焦土にされたことを肯定したくない。朝鮮半島をB29が飛び回ってたってワケ。

倫理を放棄するのであれば、金儲けの構造守るためなら虐殺も許容するって明確に示すべき。そういう意味では「虐殺やレイプなんて20世紀ではどこの国でもやってた」みたいな大日本帝国擁護派の意見は一貫性はあるのかもしれない。


でもそれ自分や大事な人がレイプされたり殺されるときに言えるのか?

「仕方ないよな、どこでもやってることだし」。おれは言えね~。

この国が侵略した国々の人も、この国に爆弾がふってきたときの人たちも言えなかったと思う。

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ドイツ現代史研究の取り返しのつかない過ち――パレスチナ問題軽視の背景 京都大学人文科学研究所准教授・藤原辰史: 1955年創刊。長周新聞はいかなる権威に対しても書けない記事は一行もない人民の言論機関です。

ドイツがイスラエルに軍事物資を輸出したことを朝鮮特需になぞらえているが、あまり考えたことがなかった。
植民地主義はとうぜん邪悪なものだが、当時は大義名分があっただろうしその大義は張りぼてであると同時に真実のものとして扱われていただろう。それと同じように、特需も支援であるという大義を持つと同時にまったく認識のできない暗さを抱えていた。その暗さが時をへて破裂したのが今回の出来事ではないか。
だとすれば、イスラエルや欧米を批判できるような立場にわれわれは当然いない。東アジアに対しても、中東に対しても、二重に、いない。

沖縄の記録書くというのを忘れていました。今度書きます